黄金の青



「・・・俺ぁ、死ぬわけにゃいかねえんだ。」

ゾロの言葉が終わらないうちに、黒刀が一閃した。

あの時のゾロならばその瞬間に、脳天からまっすぐに斬り下ろされて、まっぷたつになっていただろう。
けれど今のゾロはあの時のゾロではなかった。

互いに一歩もひかず譲らず。
体をかわす事、そして刀で刀を防ぎ、踏み込む事だけがひたすらに続く。
相手の皮一枚、一筋の傷さえつける事もなく。

共に知っていた。
最初で最後の一太刀が、生死をわけるのだと。

そしてその瞬間は、遂におとずれた。


キン!と金属音が空気を震わせた。
次の一瞬。
「・・・!」
妖刀は貪欲で、生きた肉を裂く音さえもその身に飲み込んだ。
まっすぐに振り下ろされた鬼徹が眉間を切り裂き、横に薙ぎ払った和同一文字が生きるために必要な臓腑を見事な太刀筋で仕留めた。

斬った男も、斬られた男も、その形のまま動かない。
ぐらりとバランスを失ってそのまま後ろに倒れたのは、かつての大剣豪。
目を閉じる事なく、息絶えていた。

ぜえ、ぜえ、とゾロは肩で息をする。
全身は燃え上がるような熱さで、頭に巻いた漆黒のバンダナからはぽたぽたと汗が滴った。
体と裏腹に、頭の芯はひどく冴え渡っていた。
闘っていた時間はそう長くはなかった筈だ。
けれど常人には到底適わぬほどの集中力が、ゾロを消耗させた。

しばらくしてゾロは手にしたままの鬼徹と和同一文字を鞘に収める。
あたりを見回すと、少し離れたところに雪走が転がっている。
刀身が半ばほどからぼきりと折れていた。
剣先は、と見渡せば改めてあたりの風景が視界に入ってきた。

美しい白い砂浜と、真っ青な海。
背後に広がる緑は豊かで、島の反対側には小さくはない街がいくつかあった筈だ。
豊かで平和で美しい島。
そこで鷹の目を見つけ、挑んだ。

そしていま、白い砂を赤茶けた色に染めて倒れているのはゾロではなかった。
雪走の剣先を見つけるのを諦め、ゾロはかつての大剣豪を見おろした。
ゾロに負けた筈の彼は、それでもすべてのものをその永遠に閉じる事のない強い瞳で見つめているかのようだった。
弔いをするつもりは、ゾロにはない。
剣の道を選び、他者に挑まれる高みにのぼりつめた者が、己が負けた者に弔われる気などあろう筈もない。
瞼を閉じてやる事もなく、ゾロはじっと見つめた。


「・・・青・・・」

かすれた声が自分の口から出たのに、ゾロは気付く。

「・・・」


満ちてくる潮が、ゆっくりと波をよせる。
白い砂を染める血を、美しい海水が少しづつ洗い清めはじめた。
一人の人間の体から流れ出た血は驚くほど大量だったのに、それを洗い流す海はおそろしく広大で。
これっぽっちの血がどうした、とでもいうように、寄せては返すたびに、波の色は美しいままで。
たとえそれがどれほどの剣豪であった人間だとしても、海が、死んだ人間一人程度で汚される事など、決してない。
その胎内に山ほどの船と何百何千の人間の命を抱えた海が、今また、もう一人の男を運び去ろうとしている。

「・・・」

足首まで波に洗われながら、ゾロはひたすらその姿を目にやきつけていた。
ゆらゆらと海に浮かび、やがて消えていった男の姿を。
自分が斬ったばかりの、生命のない亡骸を。
やがては己が辿るかもしれぬ、敗れた者の姿を。


青い海が暮れ、あたりは恐ろしいまでの紅蓮の色に染まった。
禍々しいまでに爛れた太陽は、今まさに海のむこうに沈もうとしている。
空も海も空気も、すべてが熟れすぎた果実の色と香りに満ちて。
圧倒的な色の前に、ゾロはただ黙って立ち続けた。

太陽はとっくに沈み、あの血の滴りに狂ったような夕焼けがまるで嘘だったかのように、今は静かな夜があたりを支配していた。
波の音。
時折聞こえる森の生き物のかすかな声。
ゾロは、眠る事なくただ暗い水平線を見つめ続けた。


眠くなどならず。
その場で朝を迎える。
眩しいほどの太陽でさえゾロをそこから動かす事はできなかった。

再び、新しい日が始まる。
何事もなかったかのように、白い砂浜は美しく、海は青かった。
風は凪いで、時折沖から強く吹く。
朝と昼のちょうど間ぐらいに、さらさらとした雨が降って、すぐにやんだ。

雨に湿った髪やシャツも、晴れた光と風に、間もなく乾いた。


そして、また数刻が過ぎる頃。

「・・・青い・・」

ゾロが低く唸った。


「・・・こんな海みてぇな青い目だ。」

「馬鹿みてぇな頭の色だ・・・」

「髪の色もそうだが、中身はもっと馬鹿みてぇだ」

「頭がちいせぇから、脳みそもちいせぇんだ」

「足癖も女癖も悪ぃ」

「んな野郎が・・・」

「馬鹿野郎が・・・」

「俺を待ってやがる。」


『だから俺は帰らなくちゃ、ならねえんだ。』



『てめえを倒し、すべての剣の道をゆく者の頂点に立って。
そいつらすべての剣の先が、いま俺に向けられた事をこの身に感じる。
まぎれもない、これは『歓喜』だ。
身震いするほどの、重い『歓喜』。
生半可じゃ潰されちまうほどの。

てめえはここに立ったとき、それを感じたか。
感じなかっただろう。
たぶん、てめえは『孤独』だと思った筈だ。
誰もいない。
ここには自分一人しか、立てねえんだからな。
だから、てめえは一人だった。
海をゆくにも、陸をゆくにも。』

「俺には、いる」



『暑苦しいほどに泣き、喜びながら、たぶんあの船のクルーは俺を迎える。
そしてあの野郎は怒り狂う。
理不尽な言いがかりをつけながら、飛びかかってくるだろう。』



『てめえは、孤高決め込んでやがったが。
斬り捨てるだけの強さで、ここに来られるわけがねえんだ。
どこに置いてきた。
てめえの大事なもんは。』

「俺は、帰る。」

『あの、青と白と黄色の馬鹿んとこに。』

「あの船の懐に。」

『あの馬鹿のいる場所に。』

「ミホーク。」

『あんたは、強かった。』

「だが、ひどく欠けていた。」

『今なら、わかる。』



囚われる事を何より嫌った男は一人で海をゆき、剣の道がひとつでない事を知った男は仲間を得た。
そして、世界最強の座にのぼりつめたとき、二人の男はちょうど正反対の行動をとったのだ。
一人はすべてを後にし、もう一人は己の力の源へとかえることを決めた。




海風がゾロのまわりを過ぎる。
ふ、とその表情が緩んだ。
強い目をしたまま、ゾロが水平線を見上げた。

かえろう。
あの船へ。
愛しい馬鹿どもが待つ、あの船へ。

そして、あの阿呆のところへ。


「あばよ」

そうつぶやいて、ゾロは海に背を向けた。



END




ふっかけられた無理難題(笑)を黙々とこなす自主トレーニング的mission(笑
お題は、「うっかりミホーク相手にサンジ自慢を始めてしまうゾロ」 でした。
ミホーク、聞いてないよ、ゾロ(笑


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